「八木中学校前」という停留所
流山市芝崎に「八木中学校前」というバス停があります。
東武バスイーストの停留所で、系統番号でいうと主に[柏06]、柏駅西口~芝崎~流山駅東口線と、その区間便である柏駅西口~免許センター線が経由します([柏07]も経由しますが本数が少ないので今回は無視)。
その構造は、バスが通行する流山市道旧3号線を挟んでポールが設置されているといういたってシンプルなものですが、道路事情に恵まれていない当地のバス停としては珍しく流山方面の車線にバスベイが設けられている点が特筆されます。
さて、柏方面のポールを遠目に見るとぼんやりと時刻表が確認できますが、なにやら頼りなさそうな本数。柏駅行は3……4本……?この辺りの住民はバス全然使わないんですね……。
と思いきや、よく近づいて見ると大量の青文字柏駅西口行が発生しています。普通にめっちゃある。そして「青文字の時刻は反対側バス停からの発車となります」の文字。
でも車線的にいうとこちらが柏方面なんです。どういうことでしょう?
バスベイがある流山方面の凄い苔が生えてるポールを確認します。
密です。日中でも毎時6本、朝夕は毎時12本バスが発着するという、周囲の緑豊かな景観とはかけ離れた過密ぶり。
そして重要なポイントとして、起点方面(柏駅西口)と終点方面(流山駅東口&免許センター)が同一バス停に同居しています。
つまり、
柏駅西口(起点)行も、
免許センター(終点)行も
同じこのポールから、同じ方向に向けて発着していくということです。
まとめるとこういう感じです。バスベイ側ポールへの偏りが凄い。地元の人でもついついバスベイ側ポールに並んじゃって、たまに反対車線を発着する柏駅西口行の存在を忘れて逃してそう。
一体これはどういうことなのでしょうか。
[柏06]免許センター便の運行経路
この不思議なバス停構造は、[柏06]全便の9割以上を占める柏駅西口~免許センターの区間便の変則的な運行ルートに起因しています。
上図は、柏駅西口~免許センター間の運行経路を示した地図です。
赤字が柏駅西口→免許センター(下り)、青字が免許センター→柏駅西口(上り)、黒字が柏駅西口~流山駅東口の運行ルートを示しています。
八木中学校前付近のルートが環状を描いていることが分かります。
見苦しい図で失礼しますが、八木中学校前付近を拡大したのがこちらです。
そもそも、免許センターは実は八木中学校前よりも柏側に位置しています。そのため、柏方面から免許センターに向かう際は富士見橋交差点で左折するのが最短経路です。
しかし柏駅西口→免許センターの下り便はそのルートをとらず、富士見橋交差点を直進します。そのまま八木中学校前を通過し古間木交差点を右折、八木南団地内を走行し、団地坂下、流山高等学園前のバス停を経由した後、再びたどり着いた富士見橋交差点を南方に直進、免許センターに向かうという遠回りな経路をとります。
では免許センター→柏駅西口の上り便はどういう経路をとるのかというと、こちらも八木南団地を経由するルートをたどります。ただし、下り便と全く逆のルートをたどる訳ではなく、環状部は下り便と同じ方向に走行します。すなわち、免許センターを出たバスは富士見橋交差点を左折、八木中学校前、団地坂下、流山高等学園前を経由した後、再びの富士見橋交差点を左折して柏駅に向かうというルートを辿るのです。
一方、柏駅西口~流山駅東口線はそもそも八木南団地にも免許センターにも入らないため、旧3号線から外れることなくストレートなルートを辿ります。
長々と書きましたがまとめると、
- 免許センター便は全便八木南団地まで足を伸ばす
- 八木南団地環状部は上下便ともに同じ方向に巡回する
- 柏~流山便は八木南団地にも免許センターにも入らない
ということになります。
この点を踏まえると、先ほどの八木中学校前停留所のいびつな本数差も理解しやすくなります。
八木中学校前停留所は八木南団地環状部に位置するため、免許センター便は上下便ともに同じ車線を八木南団地方面へ向かいます。一方で1日4往復の柏~流山便は通常通り上下別々の車線を通過します。結果として、免許センター便が通る方の車線に便数が偏り、反対側の車線には流山駅東口始発の柏駅西口行が1日4本しかやってこないという訳なのです。
それにしても、一体なぜこのように複雑なルート設定になっているのでしょうか。
その理由には、歴代の[柏06]系統が辿ってきたルートが関係しています。
[柏06]系統の歴史
そもそも現在の[柏06]系統が開業したのは、今から58年前の1962年に遡ります*1。当時は柏駅西口~流山広小路を結ぶ系統として開業し、1日5往復が設定されていました(今とほぼ変わらないですね)。開業時にはまだ区間便の設定はなく、全便が現在の柏~流山便とほぼ同じルートで運行されていたものと思われます。
開業直後(あるいはそれ以前)から、東京都市圏の人口増・柏の衛星都市化に伴い沿線各地で宅地開発が盛んに行われるようになります。上記の空中写真によれば八木南団地も1965年頃から造成が本格化しています。このように沿線人口が急増する中で、柏駅への生活輸送を支えるために八木地区までの区間便が運行されるようになったものと推測されます。
1972年の時点では、柏駅西口~八木南小学校前(現在の八木中学校前)間に4本の区間便が運行されていました*2。当時はまだ八木南団地を巡回するルートではなく、団地坂下停留所は未開業でした。1976年頃に製作されたと思しき路線図でも、八木南団地環状部は未開業であることが確認できます。
1977年10月、バスのワンマン化に伴い、八木南小便は全便八木南団地を巡回して折り返すルートに変更となります*3。おそらくそれまでは路上や狭いスペースで転回していたものが、ワンマンでは車掌による誘導がなくなるため保安上許可が下りなくなったのでしょう。そこで編み出されたルートが、柏駅西口から来たバスが終点・八木南小に到着すると、そのまま柏駅西口行となって出発、団地坂下停留所を経由して富士見橋交差点から従来の経路に合流、というものでした(上図参照)。これで新たに転回場を確保することなく折り返し運行を継続することができます。
八木中学校前停留所の流山方面のバスベイは、おそらくこのタイミングで整備されたものと思われます。新たなルートでは、折り返しのバスが発車時刻まで八木南小停留所で数分の間待機するシーンが想定されるため、これが交通の妨げとならないように整備されたものでしょう。空中写真でも、1975年にはなかったスペースが1979年時点で確認できます。
1980年には八木南小学校が流山市芝崎の現在地に移転し、跡地に流山市立八木中学校が開業します。この頃に停留所も八木中学校前に改称されたものと思われます。
1999年4月、流山市前ヶ崎に流山運転免許センターが開業し、八木中学校前止まりのバスのうち大部分が免許センターまで延伸されます*4。この時「八木中学校前止まりの延長」というかたちをとったため、免許センター便は最短経路をとらずに一度八木南団地まで足を伸ばす遠回りのルートとなり、八木中学校前停留所においては以前と変わらない本数が確保されました。
また、東武が新たな停留所乗り場設置の手間を嫌ったのか、はたまた何か物理的な制約があったのか分かりませんが、八木南団地環状部は上下の別に関わらず従来の八木中学校止まりと同じ一方向にのみ通行するルートが設定され、現在の複雑な運行経路が完成します。
八木中学校止まりの便は朝夕を中心にこの改正でも残置され、一時は免許センターが営業していない土日の昼間に復活する等しましたが、2005年8月のつくばエクスプレス開業に合わせたダイヤ改正に合わせて廃止されました。
こうして八木中学校前には、車線間のいびつな本数差と広々としたバスベイだけが残されることになったのです。
八木中学校前バス停の不思議な運行形態は、この地の路線バスが過去の様々な制約に適合しながらバスを運行し続けてきた歴史の名残りだったということですね。